職場のダブルバインド 矛盾した指示からメンタルを守るヒント

職場で上司から「何をしても怒られている気がする」と感じたことはないでしょうか。もしかしたらそれは、ダブルバインドという状況に置かれているからかもしれません。
そこで本記事では、職場でよく見られるダブルバインドの具体例と、ダブルバインドがもたらす影響、そしてその状況から抜け出すためのヒントを紹介します。
ダブルバインドとは?
ダブルバインドとは、心理学で「二つの矛盾した命令やメッセージを同時に受け取り、どちらを選んでも問題が生じる状況」を指します。
つまり、どちらの行動を選んでも「間違っている」とされ、逃げ場がない状況です。特に職場では、上司と部下の力関係の中で起きやすく、ストレスの原因になりやすいのです。
職場でダブルバインドが発生する3つの条件
部下が「何をしても報われない」「どうすればいいか分からない」という状態になるダブルバインドは、以下の3つの要素が同時に揃った時に発生します。
1.逃げられない関係性の中で発生する
ダブルバインドは、一人きりの内面で起こる問題ではなく、相手との関係性の中でのみ現れるコミュニケーションのパターンを指します。例えば上司と部下以外でも、親子、夫婦間などの相手から簡単には離れられないような関係性で発生します。
2.言葉と行動が矛盾する二つのメッセージ
上司から受け取る指示や期待が、言葉と行動で矛盾している状態です。例えば、「自由にやっていい」と言いながら、いざ部下が新しいことを試そうとすると、「勝手なことをするな」と否定してくる、といった状況がこれに該当します。
3.どの選択肢を選んでも矛盾から逃れられない
メッセージを受け取った側は矛盾の指摘をすることが難しく、関係性を変えることもできません。そして、与えられた二つのメッセージのどちらかに従おうとすると、必ずもう一方の意図とは反する行動を取ることになり、受け手は強い無力感を覚えます。
このように、特に職場では上司からの指示で業務を行うことが多いため、ダブルバインドが発生すると、どのように行動しても怒られる、うまくいかない状況に追い込まれてしまうのです。では、職場で発生するダブルバインドの具体例について、次の章で詳しくみていきましょう。

職場でよくあるダブルバインドの具体例
それでは、具体的にどのような状況がダブルバインドに当たるのか。ここでは、職場でよくあるダブルバインドのケースを紹介します。
ケース1:Aさんの困惑「質問するのも、しないのもダメ?」
新しくチームに加わったばかりのAさん。「分からないことがあったら、何でも遠慮なく聞いてね」と上司に言われ、Aさんは安心して仕事に取り組み始めました。しかし、いざ分からない点があって質問をすると、「そんなことくらい自分で調べれば分かるだろう」「いちいち人に聞くな」と冷たく突き放されます。
Aさんは次第に、何を聞くべきで、自分でどこまで判断していいのかが分からなくなり、精神的なストレスを抱えるようになります。やがて判断に自信が持てず、「自分は何をやってもダメだ」と思い込むようになってしまいました。
ケース2:Bさんの葛藤「意見を出しても、出さなくても…」
Bさんは、チームミーティングで「もっと積極的に意見を出してほしい」「みんなで議論して、より良いアイデアを生み出したい」という上司の言葉に触発されました。よし貢献しようと思い、時間をかけて練った改善案の資料を作成し、勇気を出して提出しました。しかし、その意見は聞く耳持たれず、「君の意見は求めていない」「そんなやり方はうちの部署では通用しない」と頭ごなしに否定されてしまったのです。
主体性を求められているはずなのに、実際にはただ従順であることを要求されているような矛盾に直面し、Bさんは会議で発言すること自体が怖くなっていきます。
Bさんは上司の本音が分からず、どう動けばよいのか見えなくなり、仕事への意欲そのものが奪われていくようでした。
ケース3:Cさんのプレッシャー「スピーディーかつ完璧に。両方は無理…」
Cさんは、重要なプロジェクトの締め切りが迫る中、上司から「とにかく早く仕上げてくれ。スピードが命だ」と言われます。同時に「しかし絶対にミスは許されない。完璧に仕上げろ」とも言われました。
早く終わらせようとすれば確認がおろそかになりミスが出る。慎重に進めれば時間がかかり、「遅い」と叱られるという状態の板挟みになりました。
どちらを選んでも怒られるというプレッシャーにさらされ、身体が硬直。本来のパフォーマンスを発揮できないまま、Cさんは常に不安と焦燥感に苛まれるようになりました。
やがて、朝起きると胸が苦しくなり、職場に行くのが怖くなってしまいます。「怒られたくない」という思いが頭を占め、自分の判断が信用できなくなっていくのをCさんは感じていました。
このように、ダブルバインドは受け取る側に大きなストレスを与えます。
ダブルバインドがもたらす心身への影響
この章では、ダブルバインドがもたらす心身への影響についてみていきます。
すでに心当たりのある方もいるかもしれませんが、ダブルバインドが引き起こす具体的な影響を再確認することで、自身の状況を客観的に捉えることができます。問題解決への意識も高めることができるようになるでしょう。
慢性的なストレスと疲労感
矛盾した状況の中にいると、常に心が綱渡りをしているような状態が続きます。どちらを選んでも否定されるという緊張感が常にあり、心が休まる暇がありません。そのため慢性的な疲労感や精神的な消耗が進みます。
自己肯定感の低下
何をしても「正解」がなく、常に上司から矛盾したメッセージや否定的な反応を受け続けると、「自分はダメだ」「何をやってもうまくいかない」という強い無力感に苛まれるようになります。また、自分の価値や能力に疑問を抱くようになる場合もあります。
集中力や判断力の低下
頭の中が矛盾した指示で常に混乱しているため、一つのことに集中することが難しくなります。次に何をすべきか、どう判断すべきか、といった基本的な業務プロセスにも支障が出始め、作業効率の著しい低下や、簡単なことでも決断を下すのに時間を要するようになります。
バーンアウト(燃え尽き症候群)
ダブルバインドによるストレスが長期間にわたって積み重なると、心身ともにエネルギーが完全に枯渇してしまうことがあります。これが「燃え尽き症候群(バーンアウト)」です。仕事への意欲だけでなく、日常生活のあらゆることに対して関心がなくなり、心身の不調が顕著になります。これは心が矛盾に耐えきれず、限界を迎えているサインである場合があります。
ダブルバインドから自分の心を守る対処法
ダブルバインドの状況から完全に抜け出すのは難しい場合もありますが、以下の対処法を実践することで、状況改善に役立ちます。
1.状況を「認識」し、言語化する
最も大切なのは、矛盾したメッセージは相手の問題であり、自分を責める必要はないということです。「自分には非はない」と、言語化することでストレスの軽減が期待できます。
相手の言動を客観的に分析し、事実と感情を切り分ける
上司の「言葉」と「実際の行動」が矛盾していることを具体的に分析してみましょう。客観的に状況を把握することで、冷静さを保ちやすくなります。
自分が感じている気持ちに名前をつける
今感じている感情を具体的に言葉にしてみましょう。例えば、「私は今、上司の指示に混乱している」「理不尽な対応に怒りを感じている」「この状況にショックを受けている」など、自分の気持ちに名前をつけることで、心の整理につながります。
2.上司とのコミュニケーションを工夫する
可能であれば、以下の方法で上司に働きかけてみましょう。感情的にならず、事実に基づいた冷静な問いかけが重要です。
矛盾を具体的に伝える
「〇〇と言われましたが、同時に××とも言われており、どのように対応すればよいか分かりかねています」のように、矛盾している点を具体的に指摘し、明確な指示を求めます。
優先順位を尋ねる
「この状況では、どちらを重視すべきですか?」「具体的にどのような判断が期待されていますか?」など、上司の言葉の真意や、優先すべき点を明確にする質問を投げかけてみましょう。
選択肢を提示する
「AとB、どちらの方向性で進めた方がよいでしょうか?」と、具体的な選択肢を提示して上司に判断を委ねる形でボールを返すのも一つの手です。上司に決定を促すことで、責任の所在を明確にできます。
3.自分の心を守るセルフケア
ダブルバインドの状況下では、コミュニケーションによる根本的な改善が難しい場面や、精神的な負担を感じる場合があります。そのような時こそ、自分自身の心身を守るための対策が不可欠です。
「すべてに応える必要はない」と知る
矛盾した要求のすべてに応えようとすると、心身ともに疲弊してしまいます。完璧を目指すのではなく、「できる範囲で最善を尽くす」という意識に切り替え、自分を追い詰めすぎないようにしましょう。何よりも、健康な心で働き続けることを優先することが大切です。
信頼できる人に話す
友人や家族、同僚など、信頼できる第三者に状況を話してみましょう。
職場の悩みを身近な人に相談するのは勇気が要るという場合は、カウンセリングを視野に入れるのもよいでしょう。専門家であるカウンセラーは、状況を客観的に整理し、具体的な対処法を見つけるための貴重なサポートを提供します。
カウンセリングの活用 心の負担を軽くする専門家のサポート
ダブルバインドのような複雑な状況では、一人で抱え込まず、専門家のサポートを求めることも有効な手段です。特に、状況を整理するサポートを行うカウンセリングは、心身の健康を守る上で大きな助けになります。
カウンセリングがもたらす効果
カウンセリングを通して、何が問題なのかを明確にすることで混乱が減り、冷静に対処できるようになるでしょう。
また、カウンセラーとの対話を通じて、自分に合ったストレス対処法やコミュニケーション方法を見つけ、実践する力を養えます。
手軽なオンラインカウンセリングという選択肢
近年では、対面だけでなくオンラインカウンセリングも広く利用されています。オンラインカウンセリングには、以下のようなメリットがあります。
場所を選ばない手軽さ
自宅や外出先など、インターネット環境があればどこからでもアクセス可能です。通勤時間や移動の手間が省けるため、忙しい方でも利用しやすくなっています。
予約のしやすさ
多くのオンラインカウンセリングサービスは、ウェブサイトから手軽に予約でき、自分のスケジュールに合わせて柔軟に調整できます。
心理的なハードルの低さ
オンラインカウンセリングは自宅などのリラックスできる環境から相談できるため、カウンセリングルームに出向いて受ける、対面でのカウンセリングに比べて心理的な抵抗感が少ないとされています。
一人で悩まず、こうした専門家のサポートも視野に入れることで、心の負担を軽くし、前に進むための新たな一歩を踏み出せるでしょう。

まとめ
職場のダブルバインドは、受け手にとって非常に苦しく、精神的な負担が大きい状況です。しかし、この「何をしても報われない」という感覚は、決してあなた自身に非があるわけではありません。それは、矛盾したコミュニケーション構造の中に身を置いていることによって生じる苦しさなのです。
だからこそ、まずはダブルバインドの存在に「気づく」ことが重要です。また状況を理解し、現在の状況や状態を整理するために、カウンセリングを日常に取り入れることも非常に効果的です。専門家のサポートを得ることで、一人で抱え込まずに、より具体的な対処法を見つけられるでしょう。